あなたの夢は何ですか?
そう聞かれて、即答できる人は少ないですよね。
あの日ケーキ屋さんになりたいと言っていた女の子も、イチローに憧れ目を輝かせていた男の子も、大人になると「あの頃は夢を必死に追いかけていたなぁ。それに比べていまは…」と、あたかも夢をなくしたように呟きます。
しかし、本当にそうなのでしょうか?私は「夢をなくす」という言葉に違和感を覚えます。夢はなくなったのではなく変わったのであり、そのことを認識いないだけというのが正しい表現ではないでしょうか?
そう、夢は到底叶いっこない壮大で遥か遠くにあるものに限らず、あなたの好きなこと夢中になれることの先にあるものなのです。
夢を壮大なものと勘違いするからしんどい!
夢。そう聞くと、果てしなく遠い道のりを思い浮かべる人も少なくないでしょう。
スポーツをするならプロにならなくてはいけない
勉強や研究をするなら論文を書かなくてはならない
文章を書くなら作家にならなくてはならない
いつからか、私たちは夢=壮大なものと決めつけ、自らの可能性をシャットアウトしてしまいます。
大人たちは夢を持ちなさいと言いながら、現実を見なさいと言います。その矛盾した言葉に私たちは戸惑ってしまいます。それは、夢は大きなもので到底叶うものではないという認識が根底にあるからです。
夢を壮大なものと勘違いするからしんどいんだ!というのが私の考えです。
「夢がない」と答える人に共通するたった一つの特徴
ここまで繰り返し触れてきたので気づいた人もいるかもしれませんが、「夢がない」と答える人に共通するたった一つの特徴、それは「夢と聞いたら”壮大で手が届かなそうなもの”と想像してしまうこと」です。
つい先日、約10年ぶりに、ROOKIESのドラマを見ました。当時の私は高校生でした。女子ながら当時スポーツに打ち込んでいたからなのか、ROOKIESの熱狂的ファンな私。
主人公の川藤先生がくすぶっていた不良たちを震い立たせ、一度諦め掛けていた甲子園を再度目指すという、何とも”アツい”ドラマなのですが、川藤先生は生徒たちにいつも問うことがあります。
お前の夢は何だ?
メインキャラのひとりの若菜という高校生がいます。彼が、川藤先生の底を試すために「おれはサッカーがやりたい」と嘘をつくシーンがあります。そこで川藤先生は、「そうか!それがお前の夢か」と大喜びするのです。(結局若菜も野球をやり、甲子園を目指すようになるのですが…)
別に川藤先生は、「甲子園に行くくらい大きなこと=夢」ではなく、好きなことであれば何でも良い。夢中になれることであれば何でも良いと考えているのです。
「夢は大きくなければならない」と、私たちは勘違いしてしまいます。しかし、本来夢に大きさは関係なく、好きなこと、夢中になれることであれば何でもいいんです。
夢中になれることがない場合は、人に会いまくる
夢もなければ、これと言った打ち込めることがない人は、とにかくたくさんの人に会うことをオススメしています。
私自身、新卒のときはやりたいことなどなく、なんとなく周りの友達が就職するという理由だけで銀行に就職しました。でも働く中で「何か違う!」と違和感を感じ始め、思い切って退職し、それからいろんな人に会いました。
はじめは友達、次に友達の友達や友達の彼氏。その親にも会いましたね。最後はいろんな社長さんにも会うようになりました。その中でいいなと思ったのがエンジニアのフリーランスの男性だったんです。
その人は、少しでもプログラミングに興味を持つ人が増えてほしいという思いで、学生や若い社会人にプログラミングの魅力を普及していました。
私は彼の影響を受けてエンジニアに転職したのですが、今では自分でサービスを作って世の中に広げることが私の「夢」になりました。
「夢と言うと遠くに聞こえるけど、好きなことと言えば近くに聞こえる。言葉とか視点を変えてみるだけで、案外夢中になれるものって見つかるのかもね」彼の言っていた言葉です。
「夢」と言うから難しく考えちゃうなら「好きなこと」と言い換えて、その好きなことをまず見つけるために人に会う。それに取り組むうちに、それがあなたの”夢”になっていくのかもしれないと思えばいいんです。
まとめ
夢と言うと、「壮大なもの」「遠すぎるもの」と感じられるのであれば、「好きなこと」「夢中になれること」と言い換えてみることで探しやすくなるでしょう。
夢中になれることがないときは、何かに熱中している人にたくさん会うことであなた自身の夢中になれることを探しましょう。その先にあなたの”夢”が見つかるかもしれません。